京王ボーイ
大学が京王本線と京王相模原線の間にあったせいで、僕は大学時代を通じてずっと京王線沿線を行き来する生活を送ることとなった。京王線の良いところはその安さと沿線領域の広さにある。北は中央線南は小田急線に並行して走っているがその料金の安さはピカイチで、それに従って沿線のアパートや住宅の家賃もかなり低く抑えられていた。東は新宿、西は高尾山や相模原など東京多摩地区の主要ポイントはほぼ抑えられると言って過言ではないにも関わらず、多摩地域で京王線沿線がフィーチャーされることはまずない。みんなやれ高円寺だ吉祥寺だ、下北沢だ二子玉だと若い子がたかる場所はみんな綺麗に京王線沿線を外れて存在しているようにも見える。それでは吉祥寺や下北を通る京王井の頭線はどうだと言われればこれも確かに京王という名がついている以上、京王線の仲間ということにはなるのだろうが、やはり長年京王本線沿いに暮らしてきた僕にしてみればこれは本当の京王線とは言えない。京王線はやはり渋谷やら杉並やらではなく調布府中日野なんかの住宅街を通る路線のことを指すものであるべきだと勝手に思っている。
ジョーカー・フォリ・ア・ドゥ
2024年10月11日T・ジョイ博多にて ドルビー
公開翌日にしては客入りもまあまあ。
レイトショーだったことも影響してか若い男女連れが目立った。
巷では賛否両論渦巻いているようであるが、私個人的には「賛」寄り、
相方は「否」寄りであった。
【※以下一部内容に関するネタバレを含みます※】
ミュージカル嫌いの相方の「否」の理由はともかくとして、本作を「否」とする他の多くの人間の心理もなんとなくわかる様な気がした。
何しろへんてこな題名である。フランス語の単語らしいがまさかミュージカルで来るとは監督もなかなかチャレンジャーである。
自分が思うに前作の「ジョーカー」で、主人公に完全に自己を投影し切ってしまった人間にとって、今作はあまりにもきつい内容であったのではなかろうか。
ジョーカーも所詮は只の人、初めて結ばれたレディー・ガガ扮するハーレイ・クインによって人を愛する喜びを知った彼の姿を見て、悪のカリスマに憧れた彼らが幻滅したのは言うまでもない。
作中ジョーカーは終始初恋中の高校生よろしく浮かれっぱなしで、自分の裁判などそっちのけでガガに目線を送ってばかりだ。失恋の痛みについての描写についても常人のそれと殆ど変わりはない。
この映画を見て気づいたことだが、かなりの映画好きを自称する自分だが、映画の主人公に完全に自己を投影し、 心酔した経験というのはあまりないように思う。
映画のみならず、映画でも音楽でも(唯一ビーチボーイズのブライアン・ウィルソンについては必ずしもそうとも言い切れないが_これについてはいつかまた別の機会に章を割きたいと思っている)私は他人に自己の一部を投影するという能力が圧倒的に欠けているのかもしれない。
本作の元になった「タクシー・ドライバー」も「キング・オブ・コメディー」も大好きな映画ではあるがどちらも最初見たときに感じたのは、デ・ニーロ扮する主人公たちの気持ち悪さと映画全体から感じる不快感だった。
両作を見たとき自分は医者を目指して東京の片隅で浪人生活を送る若者で、当時置かれた状況(孤独、貧乏、絶望感)としてはかなり似たところがあったものだが、それでも彼らに共感して熱狂する!というようなことは終ぞなく、単にエンタメとしてのカタルシスを得ていただけだった。
「タクシー・ドライバー」で人生を狂わされたのは何もジョン・ヒンクリーだけではない。私はこれまで何人かの友人にこの映画を薦めているが、彼らは皆少なからずこの映画に何かしらの影響を受けまくっていたように見えた。それくらい普通は煽られるし、良い意味でも悪い意味でもパワーのある作品なのだ。
「キング・オブ・コメディー」も「タクシー・ドライバー」ほど核心となるテーマを全面に押し出した作品とは言えないが、映画的な動機と手法はほとんど一緒であると思う。
かつてはそうした孤独で鬱屈した若者を演じさせたら右に出るもののなかったデニーロが前作のジョーカーでは逆に「持つもの」として登場している。
これは、いつも孤独で社会の隅に追いやられていた無力な若者の立場であったはずのデニーロが今ではハリウッドを代表する大御所俳優となってしまったことへの構造的な皮肉とも取れる。
デニーロは1943年生、ジョンレノンやジミ・ヘンドリックスらとほとんど同じ世代で、日本で言えば私達世代の祖父母の年代とほぼ同じである。
日本の団塊世代よりはかなり上だが、アメリカ本国で言えばそうしたカウンター・カルチャーやフラワー・ムーブメントの影響をもろに受けた世代と言えるだろう。
世代的な話をすれば、若いうちは貧乏でどん底だったが、なんとか這いつくばって努力していたらいつの間にか金持ちになっていたという方程式が成り立ったのは自分たちの両親世代がギリギリではないだろうか。
それ以後、就職氷河期世代以降の人間にとって、社会はいくつになっても常にパイの取り合いで、これは誰かが言っていたことだが、ごく一握りの金持ちになったのは「誰も賭けないような大穴を狙って勝ったものだけ」のように見える。ほとんどの人間はがむしゃらに眼の前のことをひたすら頑張っていても、永遠にそのペースで頑張り続けるしかない。高齢者と既得権益で表面張力を保つこの社会に、元弱者を追加で受け入れる余裕などないのだ。
続編が作られることもなく、ある種の理想的な姿で我々の記憶に残り続けるトラヴィスやパプキンとは違って、アーサーをそのまま悪のカリスマ足らしめたままにしなかったのにはこうした時代背景も影響しているのかもしれない。
いまや伝説となっているヒース・レジャー版ジョーカーとは少し違うが、あのあこがれのジョーカーももとは自分たちと同じような孤独で力のない人間だったのかもしれない。ジョーカーをジョーカー足らしめたのは社会悪であって、個人的な責任ではない。
だから社会的に追い詰められた人間は何をやっても許されるのだ!
突き詰めればこうした理論に陥りかねない前作に、徹底的にNOを突きつけたのが今回のジョーカーだ。
結局悪のカリスマとして崇め奉られたところで、その姿は虚像に過ぎず、そんなことをしても愛してくれる人間には結局去られ、最後には無惨に殺されてしまう。
きっと死んでしまえば誰も彼のことなど気にもしないだろう。
自分の作品の支持者に対してここまで徹底的なNOを突きつければ反感を持つ層が出てくるのも当然である。
余談だが、ジョーカーが最後に死ぬのが電気椅子によってではなく、囚人によってであるという部分については、ジェフリー・ダーマーの最期へのオマージュなのでは?と推察している。彼については最近ネットフリックスのドキュメンタリー「ダーマー」を見たことから記憶に新しい。ダーマーは同性愛者で当時は社会的に弱い立場であった黒人やアジア系の男性を次々に襲っては殺して、その死体を食べたり捨てたりしていた、おかしな人物である。裁判で無期懲役判決を受けるが所内のシャワールームで他の黒人収容者によりベンチプレスで撲殺されている。
単に作品として司法による裁きを避けたという可能性も考えられはするのだが。
劇中で一番きついシーンは、裁判中生前の母親からの証言が女弁護士によって読み上げられるシーンだろう。自分の犯した罪には終始無関心で常に飄々としているジョーカーが唯一感情をむき出しにするのは母親に関する話が出たときだ。
やはり母親のことは本気で愛していたし、唯一の理解者として愛されたかったのだと思う。だからこそ、裏切られたと知ったときの怒りは尋常ではない。母親を殺し、その呪縛から解き放たれたはずのアーサーもかつての母親の証言を耳にした途端感情をむき出しにして「もう限界だ、耐えられない!」と叫び、挙句の果てに自分の弁護士までクビにしてしまう。
母親に評価されず、自分の可能性を制限し、歪んだ形で彼を導いたことがそもそも悲劇の始まりだったのだ。一番つらいのは否定されることではなく、自分の望む事実とは別の形で認識されることであると誰かが言っていたが、その最も辛いことを自分を最も理解しているべき母親にされているこの悲劇。多くの弱者的な若者に多い支配的な母親に育てられた人間にとって最も胸に刺さるシーンではなかっただろうか。
その後劇中で最も悪のカリスマに近い形で出現するジョーカーを目にするわけだが、
観客の期待も虚しくその姿は一瞬で幕を閉じてしまうのである。
映画の完成度としての評価で言っても、観客のフラストレーションを煽る映画であることは確かに否定できない。
最期に主演陣の演技について。映画の感想として演技についてとやかく言うのが個人的に好きではないのだが、素人目に言ってもホアキン・フェニックスの演技は前作を超えるかそれ同等のものであったと思う。 ホアキン・フェニックスは間違いなくこの連続する2作で俳優としての確実な、しかも万人の共通理解としての地位を手に入れ、ある意味では兄をも凌ぐカリスマ俳優のレベルに達したことは間違いない。
ガガはグッチのときから半端じゃなく演技がうまいと思っていたが、今回見て改めて「いい女だな」と感じてしまった。歌手としてもてはやされていたころにはつゆほどの興味も持っていなかった私だが、今では今度の動向に興味津々で、ガガが出ていれば面白い説まで出ている騒ぎだ。やはりイタリア系の女には見どころがある。
そんなこんなで面白かったし、この令和の時代にポリコレ全無視の70年代的な優しい気持ちに戻れる映画はそれほど多くないのでぜひこういったパンチのある映画が次々に出てきてくれはしないものかと夢に描いて私は今日も寝るのであった。
半島を出よ 村上龍
タイタニック:3Dリマスター
僕が生まれたのは1997年、ちょうどタイタニックが公開された年だ。 当時僕の母は弟をお腹に授かっていて、幼い僕を祖母に預けてつわりに苛まれながら父と劇場に見に行ったと言っていた。 母は1968年生まれだからその時28歳、2個下の父は26才なので、ちょうど両親と同じ同時くらいの世代で同じ映画を劇場で見ていることになる。 遡ること4年前元号が平成から令和に変わった時僕は21才だったが、昭和から平成に変わった1989年に母はちょうど同じ21才だった。 ちなみに 映画「バックトゥーザフューチャー」の主人公マーティーは1985年に17才という設定なので母と同い年だし、パート2に出てくるその息子が2015年に17才なので1998 年生まれ、僕の一つ下だ。 時代は確実に巡っている。 母は茨城の生まれで僕が生まれた時実家の戻っていたので両親は多分水戸あたりの映画館に見に行ったのだろう。水戸にはかつて実にたくさんの映画館があったらしい。 僕が見たのはJR博多駅構内のTジョイ博多という映画館だ。日本の東端で生まれた自分が西の果てで今こうして自分が生まれた年に生まれた映画を見ているのである。
不思議なものだ。
今日は書くことがあまりないのでこのへんで。
初回なのでよくわからなかった。
次回からはもう少し長く色々書き連ねていければと思う。
2022・2・25
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